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【本レビュー】幸せになる勇気

こんにちは、ひいたです。

今回は「嫌われる勇気」の続き「幸せになる勇気」を紹介します。

でました!

前作でも登場したひねくれ青年はまだひねくれていました。

安定のひねくれ笑

嫌われる勇気のレビューはこちら

アドラー心理学における教育

「嫌われる勇気」で哲人からアドラーの思想を学び、哲人と友人関係になって青年は去っていきました。

あれから3年、青年は当時勤めていた図書館司書を辞め母校の中学校教師になっていました。

アドラーの思想に基づいてこどもたちを教育しようと理想に燃えていた青年。

でも生徒たちはいうことを聞いてくれません。

しかしアドラーの教えにははこうありました。

ほめてもいけない、叱ってもいけない」

青年は教育者として荒れた生徒たちをどうすればいいか悩みます。

最終的に叱ってしまったのです。

いや叱らないといけないと思ってしまったのです。

アドラーの考えでは子どもたちを教育することはできないという考えに至ったのです。

そして再度、意見を聞こうと哲人のもとを訪れたのでした。

教育の目標は「自立」

まず最初にアドラー心理学が掲げる目標は

行動面として

①自立すること

②社会と調和して暮らせること

そしてこの行動を支える心理面での目標が

①私には能力がある、という認識

②人々は私の仲間である、という認識

最終的には自立を目標とするのですが、自立にはまず「尊敬」からとアドラーは説いています。

アドラーと同じ時代に生きた社会心理学者エーリッヒ・フロムはこう言っています。

「尊敬とは、人間の姿をありのままに見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力である」

「尊敬とは、その人が、その人らしく成長発展していけるよう、気づかうことである」

今作では教育に重点を置いて話は進んでいきますが、私は娘との接し方に関してアドラー心理学、というか哲人の言葉を参考にしています。

教育とは「仕事」ではなく「交友」

前作「嫌われる勇気」でも紹介した「課題の分離」について。

ひいたは親として娘は娘らしく育ってほしいと願っています。

「尊敬とは、その人が、その人らしく成長発展していけるよう、気づかうことである」

そのように成長できるようにひいたはサポートするのみで手や口を出すことはありません。

あばあちゃんからみると「何も子育てしてない!」と言われますが、やるかやらないかは本人が決めることです。

水辺まで連れて行くことはできても、水を呑ませることはできません。

じゃあどうやったら娘をサポートできるか。

彼女の話を聞いて、興味のあることを一緒にやってみたり、

娘は動画制作が好きなんですが、作品を一緒に見たり。

基本不登校なのですが、行きたいといえば学校に連れて行ったり。

すべて当たり前なんですが、親だったら学校に行けるようにするんじゃないの?って何度も葛藤しました。

でも彼女は友達がいないわけじゃない。

たまに学校も行ってる。

なにより娘は元気で明るい。

それでいいんじゃない?ってふと考えました。

「信用」と「信頼」

長女が小学校2年の時、元夫からswitchをプレゼントしてもらったんです。

再婚したばかりで、新しいパパとコミュニケーションとれず悩んでいる時にゲームを手に入れたわけですから、長女は部屋から閉じこもりがちになりました。

そして約束の21時以降も部屋で隠れてゲームをしていたんです。

怒ったひいたはswitchを机に叩きつけ壊しました。

いま思うとヤバい母ですね

約束を破ったことと、「パパと話す」ことをしてほしいのに違うことをしてる長女に怒りを覚えたんですね。ほんと勝手です。

信用とは条件付きで相手を信じること

信頼とはいっさいの条件を付けないで相手を信じること

あの時長女ともっと話せばよかったものの、switchを壊すという行為で長女に恐怖を与えていたのかもしれません。

恐怖を与えて、言うことを聞かせようとしてたんですね。

与えよ、さらば与えられん

そして哲人はこう言っています。

他者に無条件の信頼を寄せ尊敬すること、これは「与える」行為であると。

自分が他者に無条件で信頼や尊敬を寄せれることができるか。

それが愛です。

他者からの愛を待つのではなく、自分から愛を与えるのです。

しかしいっさいの条件を付けずに他者を信じることって難しいですよね。

もしかしたら裏切られるかもしれないし…

それでも信じるんです。

それはつまり「その人を信じる自分」を信じること。

自分を信じ相手も信じる。

自立とは、愛とは

そして「わたしたち」という主語にしてまわりを見てみましょう。

これが共同体感覚です。

相手を信じ、相手を愛する。

それを自分の周りの人、そして世界まで広げる。

わたしたちの幸せを願うのです。

ここで「わたし」という自己中心性を消します。

これが「自立」です。

自己中心性を失くし「わたしたち」という感覚を持って接する。

これが愛です。

無償の愛…そんなものないよ。どうせ裏切られる。

とか思ってたらそれはまだ自分のことを愛してないし信頼してません。

ここで思い出してください。

水辺まで連れて行くことはできても、水を呑ませることはできません。

愛することはあなたの課題で、相手がどう思うかは相手の課題、コントロールできるものではありませんよね。

あなたがこの人を愛するって決めたら何も見返りを求めず、ただ愛する。

「わたしたち」という感覚を持って接し、いずれ「わたしたち」の課題に立ち向かうようになります。

結婚したい!幸せになりたい!

とほざいていた20代のひいたはなーんにも分かっていませんでした。

同じことを言ってる青年に対し哲人はこう言っています。

あなたの願いは「幸せになりたい」ではなく、もっと安直な「楽になりたい」ではありませんか?

どうでしょう?

ひいたはそうだったかもしれません。

結婚がゴールではないのに…

人を信頼し、尊重し、愛することはとても難しいかもしれません。

裏切られるかもしれない不安・嘘ついているかもしれない疑い。

そういったものも全部なくして愛すのです。

そして問題ごとを「わたしたち」のこととして捉えともに考えるのです。

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